聖週間を迎えるこのとき、久しぶりにご挨拶をお送りします。

聖週間を迎えるこのとき、久しぶりにご挨拶をお送りします。

私の部屋の窓から今年も満開の桜が聖週間のお祝いをしています。
大自然の働きは、毎年変わることなく、神様の御心のままに、私たち人間よりも忠実に、流れていることを感じますね。
3月21日は、関口の聖マリア大聖堂に、3年ぶりで、聖堂いっぱいの人たちが集まりました。
私たち祭壇上の司祭だけでも150人は参加していましたから、信者の皆さんは、4時間に及ぶ司祭叙階式の間、身動きするのも難しい中で、心を合わせて、6人の新司祭のうれしい叙階式に参加してくださいました。
東京教区にとっても、若い二人の新司祭は、本当に教区を挙げての喜びの一日となりました。
聖週間を迎えるこの最も大切な時に、このような大きなお恵みを私たちに送ってくださった神様に、心から感謝の祈りをお捧げいたしましょう。世界各地で、若い新司祭たちが、生まれています。
なんといっても、アジアの国々で、韓国、ヴェトナム、インドなどでは、それぞれの国の困難な状況にもかかわらず、イエスの良い知らせを多くの人々に知らせるために、若い青年司祭たちが100人以上の数で、生まれています。特に、今年も厳しい政府の管理下にありながら、中国の若い司祭たちが、広い中国の各地で生まれています。
「御父は、今も働いておられるから、私も働き続けるのだ」とイエスはおっしゃいましたが、この言葉は、現代も変わりがなく、教会を通して、また多くの国々の信者のご両親が、決して多くない子供を神様にお捧げして、続けられているのだと思います。

フランシスコ教皇様は、右腰が痛そうですが、かわらずお元気で働いています。
教皇様のところには、毎日世界各地から、多くの情報が、届きますが、フランシスコ教皇の特徴は、多くのひとびとの苦しみの叫びの中で、特にご自分は、野戦病院の中にいるのだとおっしゃり、特に貧しい子供たち、病人たち、移民の人達を励まし助けることを中心として、毎日を過ごしていらっしゃるのがよくわかります。
聖木曜日の儀式の始まりに行われる洗足式。最後の晩餐の始まりに、イエスご自身が示された模範に従って、フランシスコ教皇は、特にこの儀式を大切にしています。
聖週間を迎える私たちも、小さな志村教会ではありますが、全世界の教会と心を合わせて、司式司祭が、皆さんの代表者の足を洗う最も伝統的な祭儀を行いましょう。 

皆様へ、聖週間の豊かな恵みを祈りながら。 

深水神父